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智廣阿闍梨経歴

智廣阿闍梨真言宗法相 智廣阿闍梨,本名は鄭賦。中国浙江省寧波で生まれる。幼少期に医薬も効かない重い病にかかるが、“大悲心陀羅尼”を敬虔に唱えることにより全快したことから、仏法に対する信念が芽生え、仏門…

2019.09.30

智廣阿闍梨真言宗法相

智廣阿闍梨,本名は鄭賦。中国浙江省寧波で生まれる。幼少期に医薬も効かない重い病にかかるが、“大悲心陀羅尼”を敬虔に唱えることにより全快したことから、仏法に対する信念が芽生え、仏門に帰依する。その後三十数年の年月をかけて阿闍梨は漢地、チベット、スリランカ、日本、ブータン、ネパール等で90数名に上る善知識に学び、漢伝仏教、チベット仏教、南伝仏教等の顕密教法を幅広く修学した。

中国漢地での修業期間に、寧波の阿育王寺の通一大和尚、天童寺の明暘大和尚、大興禅師、七塔寺の伝慧禅師、上海金剛道場の清定上師、宝山浄寺の從達大和尚、慧梅阿闍梨、仏陀山の妙善大和尚、天台国清寺の静慧老法師、新昌大佛寺の悟道老法師、霊岩山寺の明学大和尚、佛山古寺の廣悟阿闍梨、及び上海の佘雷老居士、鄭頌英老居士、徐恒志上師、寧波の沈仁岩老居士等の多くの高僧大徳に依止し、漢伝仏教法の浄土宗、禅宗、天台宗、密宗等を系統的に聞思修証する。諸善知識の誰もが其の悟りの境地を認め称賛し、また仏法を広めることを託された。1994年慧梅阿闍梨により漢伝密宗阿闍梨の称号を得る。

1996年、阿闍梨はチベット仏教を学び始める。1997年、夢の中で3度チベット仏教祖師である蓮花生大士に会い、チベットに行き求法する機が熟したことを知り、その年に西に向かいチベット入りし求法する。その間、法王如意宝晋美彭措上師、門措空行母、南無寺の達吉活佛、亜青寺の阿秋仁波切、江頂寺の安久波切、竹巴噶挙伝承の青美南嘉仁波切、噶陀寺の莫扎法王、遼西寺の松吉澤仁仁波切、雅礱寺の第四世多智欽仁波切、北伝伏蔵の多吉扎法王、金剛寺の布楚活佛、扎嘉寺の根桑旺姆空行母、第五世華智仁波切丹増曲却、格蒙寺の白瑪旺嘉法王、伏蔵大師の班瑪逞列林巴仁波切等、多くの高僧大徳よりニンマ派、カギュ派、ゲルク派等各伝承の教法を系統的に学び、幾度も参籠修行をした。

大恩上師安久仁波切と共に

チベットでの求法修学期間に、その悟りの深さ、菩薩心の広大さ、また、衆生を巧みに教え導くことで高僧大徳の方々から賛嘆された。亜青寺の阿秋仁波切、江頂寺の安久仁波切、竹巴噶挙伝承の青美南嘉仁波切、噶陀寺の莫扎法王、伏蔵大師の班瑪逞列林巴仁波切、扎嘉寺の第五世華智仁波切丹増曲却等多くの高僧大徳の方々が阿闍梨の為に様々な賛嘆文、祈祷文等を書き、チベット仏教金剛阿闍梨の称号が授けられた。

第五世華智仁波切が智廣阿闍梨を扎嘉寺光明任運自成洲の第二住持に任命した

2004年から阿闍梨は渡日し、日本仏法を系統的に学び始める。その間、日本真言宗、天台宗、臨済宗等の各宗派の高僧大徳を訪ね、依止し修法する。2013年、阿闍梨は日本真言宗十八大本山の一つである醍醐寺で得度し、日本真言宗の僧籍を得る。同年、醍醐寺で伝法灌頂を受け、阿闍梨位を授かり、真言宗醍醐寺三宝院流第六十四世阿闍梨となった。

真言宗醍醐派十一代管長、醍醐寺第103世座主である仲田順和大僧正猊下は智廣阿闍梨の唐代密教を再び中国へ伝え戻し再興するという取り組みに対しとても肯定的であり全力で支持する意向を示し、また智廣阿闍梨の卓越した智慧と実力を高く称賛され、ご自身の会得した全ての純正な唐密教法を余す所無く全て智廣阿闍梨に授けることを決められた。ここ数年来、仲田順和大僧正猊下はすでに真言宗醍醐派三宝院流法流、修験道当山派の法流等を智廣阿闍梨に伝承し終え、また他の諸々の尊い仏法をも継承しようとされている。

日本醍醐寺にて真言宗伝法阿闍梨位を授かる

2019年6月1日、智廣阿闍梨は仲田順和管長より権大僧正の辞令を受け、同時に「伝灯大阿闍梨」の位を親授された。真言宗醍醐派の史上で華人にこのような高級僧階位を授けるのは初めてのことである。

仲田順和大僧正猊下から智廣阿闍梨に真言宗権大僧正の辞令が授与された

2013年、阿闍梨は日本天台宗総本山である比叡山延暦寺において得度し、日本天台宗の僧籍を得る。2014年6月、阿闍梨は比叡山行院にて籠り修業を満業し、同年、比叡山延暦寺伝法灌頂を受け、日本天台宗穴太流総持坊第七十五世阿闍梨となった。

日本比叡山延暦寺にて天台密教伝法阿闍梨位を授かる

2014年10月、日本天台宗第256世座主である半田孝淳大僧正猊下から直々に圓頓大戒を授けられる。

2015年10月、智廣阿闍梨は日本天台宗法華大会に参加し、廣学竪義を遂業する。

1200年以来、智廣阿闍梨は中国大陸の人士として史上初の比叡山延暦寺で得度し、比叡山行院で修行を満行し、法華大会廣学竪義を遂業するという快挙を成し遂げた人物となった。

2017年10月4-6日、智廣阿闍梨は日本天台宗総本山比叡山延暦寺にて、日本天台密教における最高位である伝法灌頂を受け、三部都法大阿闍梨の位を授かりました。華人に日本天台密教における最高位を授けたのは、日本天台宗の有史以来の初めてのことです。

武覚超大僧正から智廣阿闍梨に三部都法大阿闍梨位が授与された

2012年,阿闍梨は世界平和と仏法弘布の願いを込め、世界中に「八万四千の宝篋印陀羅尼塔を造塔する」という共同活動を発起した。この活動は国内外の多くの高僧大徳の支持の声が寄せられており、現在日本、中国、ブータン等ですでに多くの宝篋印陀羅尼塔が造塔されている。2018年12月16日の時点で八万四千の宝篋印陀羅尼塔の造塔が成し遂げられたが、止まることなく、現在も引き続き造塔活動は継続されている。

阿闍梨は1995年奉化市佛教協会の理事に選任され、雪窦寺寺管会副主任、弘法組責任者、慈氏功徳基金会総幹事となり、弘法利生事業に専従する。近年では多くの道場から招かれ、世界規模の弘法利生事業を展開している。日本京都四明山一乗院の現任院主(住職)であり、一乗顕密佛教センター(シンガポール、オーストラリア、香港、オーストリア)の終身名誉会長兼導師、中華一乗顕密文化交流協会(中国台湾)の終身名誉会長兼導師、日本種智院大学外部講師、中国四川省チベット仏教文化研究会の副秘書長、中国四川省甘孜州石渠県にある隆欽心髄の祖庭である扎嘉寺大円満光明任運自成洲閉関中心の第二住職,中国河南省大準提寺の顕密講修院院長兼指導上師、無錫顕雲寺の顕密講修院院長兼指導上師、無錫横山慈善基金会名誉会長を兼任している。

智廣阿闍梨の弟子達は、中国大陸、台湾、香港、日本、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、フランス、ドイツ、スイス等世界各地に広がっており、これまで何年もの間、阿闍梨は弟子たちに対し絶やさず仏法の解釈と修業等の指導をし続け、弟子たちは大いなる法益を得ている。同時に毎年、世界中各地で放生会、仏母千供、真言の持呪修行、読経修行等各種形式の大規模な仏法共修会を行い、無数の衆生が仏法の加持と殊勝な法益を得ている。

近年、智廣阿闍梨は唐代密教の伝え戻しと再興事業の発展の推進に力を入れており、シンガポール、オーストラリア、中国河南大準提寺、無錫顕雲寺、横山寺等の道場で幾度も準提法会、薬師法会、宝篋印陀羅尼塔開眼法要等を行い、華人の仏弟子らを再び先祖から伝承されてきた唐密教法の尊い甘露利益に与らせている。また、阿闍梨は幾度も華人のお遍路団を引率し京都十二薬師霊場、四国弘法大師八十八霊場等を巡礼し国内外のメディアや人々に幅広く注目され高い評価を受け、中日両国民の仏教文化交流と友好親善に大きく貢献している。

日本のメディアが智廣阿闍梨率いる華人お遍路団を追跡取材し報道した

智廣阿闍梨は「講義、議論、著書」を以て、弘法利生の事業を広め、全世界に向けたインターネット講義を長期的に毎週継続し、定期的に合宿セミナーも行っている。また、雑誌『一乗』(季刊)の創刊や、『準提文化研究特刊』『鉄塔重光——第一回中華唐密復興国際学術検討会論文集』『醍醐花見——醍醐未生流大中華支部第一回花道展(2017)』の監修もしている。

智廣阿闍梨は多くの著作を出しており、出版されているものは『一生幸福に生きる三十八の秘訣』(広州花城出版社/2011年、台湾橡樹林出版社/2017年)、『伝家宝典』、『証悟への近道』、『危機から安定へ—-企業家はどのように苦境を乗り越えるのか』、「『仏説菩薩修行四法経』略説」(中英対訳)、『醍醐一滴――法華経十二の句 幸せな人生を築くために』(日中対訳)等があり、その他多数未公開の著作は出版の時機を待つ。

これまで出版された智廣阿闍梨の著書

阿闍梨自身の学修背景は非常に多様で幅広く、漢伝仏教、チベット仏教、南伝(小乗)仏教等多くの仏教伝承を学んできた。多くの伝承と教法を受けてきたが、阿闍梨は宗派にこだわるのではなく、現時代の仏弟子は仏陀の御教えの通りに、それぞれ純正な伝承を受け継いでいる宗派を平等に尊重するべきだと主張している。長年に渡って、阿闍梨は仏教各派の間の架け橋となり、仏教各教派の互いの交流と団結を推進し、また、仏教各伝承教法の復興と振興のために力を入れ、仏教全体の繁栄のために尽力している。

 

智廣阿闍梨経歴

智廣阿闍梨経歴

2019-09-29

智廣阿闍梨真言宗法相

智廣阿闍梨,本名は鄭賦。中国浙江省寧波で生まれる。幼少期に医薬も効かない重い病にかかるが、“大悲心陀羅尼”を敬虔に唱えることにより全快したことから、仏法に対する信念が芽生え、仏門に帰依する。その後三十数年の年月をかけて阿闍梨は漢地、チベット、スリランカ、日本、ブータン、ネパール等で90数名に上る善知識に学び、漢伝仏教、チベット仏教、南伝仏教等の顕密教法を幅広く修学した。

中国漢地での修業期間に、寧波の阿育王寺の通一大和尚、天童寺の明暘大和尚、大興禅師、七塔寺の伝慧禅師、上海金剛道場の清定上師、宝山浄寺の從達大和尚、慧梅阿闍梨、仏陀山の妙善大和尚、天台国清寺の静慧老法師、新昌大佛寺の悟道老法師、霊岩山寺の明学大和尚、佛山古寺の廣悟阿闍梨、及び上海の佘雷老居士、鄭頌英老居士、徐恒志上師、寧波の沈仁岩老居士等の多くの高僧大徳に依止し、漢伝仏教法の浄土宗、禅宗、天台宗、密宗等を系統的に聞思修証する。諸善知識の誰もが其の悟りの境地を認め称賛し、また仏法を広めることを託された。1994年慧梅阿闍梨により漢伝密宗阿闍梨の称号を得る。

1996年、阿闍梨はチベット仏教を学び始める。1997年、夢の中で3度チベット仏教祖師である蓮花生大士に会い、チベットに行き求法する機が熟したことを知り、その年に西に向かいチベット入りし求法する。その間、法王如意宝晋美彭措上師、門措空行母、南無寺の達吉活佛、亜青寺の阿秋仁波切、江頂寺の安久波切、竹巴噶挙伝承の青美南嘉仁波切、噶陀寺の莫扎法王、遼西寺の松吉澤仁仁波切、雅礱寺の第四世多智欽仁波切、北伝伏蔵の多吉扎法王、金剛寺の布楚活佛、扎嘉寺の根桑旺姆空行母、第五世華智仁波切丹増曲却、格蒙寺の白瑪旺嘉法王、伏蔵大師の班瑪逞列林巴仁波切等、多くの高僧大徳よりニンマ派、カギュ派、ゲルク派等各伝承の教法を系統的に学び、幾度も参籠修行をした。

大恩上師安久仁波切と共に

チベットでの求法修学期間に、その悟りの深さ、菩薩心の広大さ、また、衆生を巧みに教え導くことで高僧大徳の方々から賛嘆された。亜青寺の阿秋仁波切、江頂寺の安久仁波切、竹巴噶挙伝承の青美南嘉仁波切、噶陀寺の莫扎法王、伏蔵大師の班瑪逞列林巴仁波切、扎嘉寺の第五世華智仁波切丹増曲却等多くの高僧大徳の方々が阿闍梨の為に様々な賛嘆文、祈祷文等を書き、チベット仏教金剛阿闍梨の称号が授けられた。

第五世華智仁波切が智廣阿闍梨を扎嘉寺光明任運自成洲の第二住持に任命した

2004年から阿闍梨は渡日し、日本仏法を系統的に学び始める。その間、日本真言宗、天台宗、臨済宗等の各宗派の高僧大徳を訪ね、依止し修法する。2013年、阿闍梨は日本真言宗十八大本山の一つである醍醐寺で得度し、日本真言宗の僧籍を得る。同年、醍醐寺で伝法灌頂を受け、阿闍梨位を授かり、真言宗醍醐寺三宝院流第六十四世阿闍梨となった。

真言宗醍醐派十一代管長、醍醐寺第103世座主である仲田順和大僧正猊下は智廣阿闍梨の唐代密教を再び中国へ伝え戻し再興するという取り組みに対しとても肯定的であり全力で支持する意向を示し、また智廣阿闍梨の卓越した智慧と実力を高く称賛され、ご自身の会得した全ての純正な唐密教法を余す所無く全て智廣阿闍梨に授けることを決められた。ここ数年来、仲田順和大僧正猊下はすでに真言宗醍醐派三宝院流法流、修験道当山派の法流等を智廣阿闍梨に伝承し終え、また他の諸々の尊い仏法をも継承しようとされている。

日本醍醐寺にて真言宗伝法阿闍梨位を授かる

2019年6月1日、智廣阿闍梨は仲田順和管長より権大僧正の辞令を受け、同時に「伝灯大阿闍梨」の位を親授された。真言宗醍醐派の史上で華人にこのような高級僧階位を授けるのは初めてのことである。

仲田順和大僧正猊下から智廣阿闍梨に真言宗権大僧正の辞令が授与された

2013年、阿闍梨は日本天台宗総本山である比叡山延暦寺において得度し、日本天台宗の僧籍を得る。2014年6月、阿闍梨は比叡山行院にて籠り修業を満業し、同年、比叡山延暦寺伝法灌頂を受け、日本天台宗穴太流総持坊第七十五世阿闍梨となった。

日本比叡山延暦寺にて天台密教伝法阿闍梨位を授かる

2014年10月、日本天台宗第256世座主である半田孝淳大僧正猊下から直々に圓頓大戒を授けられる。

2015年10月、智廣阿闍梨は日本天台宗法華大会に参加し、廣学竪義を遂業する。

1200年以来、智廣阿闍梨は中国大陸の人士として史上初の比叡山延暦寺で得度し、比叡山行院で修行を満行し、法華大会廣学竪義を遂業するという快挙を成し遂げた人物となった。

2017年10月4-6日、智廣阿闍梨は日本天台宗総本山比叡山延暦寺にて、日本天台密教における最高位である伝法灌頂を受け、三部都法大阿闍梨の位を授かりました。華人に日本天台密教における最高位を授けたのは、日本天台宗の有史以来の初めてのことです。

武覚超大僧正から智廣阿闍梨に三部都法大阿闍梨位が授与された

2012年,阿闍梨は世界平和と仏法弘布の願いを込め、世界中に「八万四千の宝篋印陀羅尼塔を造塔する」という共同活動を発起した。この活動は国内外の多くの高僧大徳の支持の声が寄せられており、現在日本、中国、ブータン等ですでに多くの宝篋印陀羅尼塔が造塔されている。2018年12月16日の時点で八万四千の宝篋印陀羅尼塔の造塔が成し遂げられたが、止まることなく、現在も引き続き造塔活動は継続されている。

阿闍梨は1995年奉化市佛教協会の理事に選任され、雪窦寺寺管会副主任、弘法組責任者、慈氏功徳基金会総幹事となり、弘法利生事業に専従する。近年では多くの道場から招かれ、世界規模の弘法利生事業を展開している。日本京都四明山一乗院の現任院主(住職)であり、一乗顕密佛教センター(シンガポール、オーストラリア、香港、オーストリア)の終身名誉会長兼導師、中華一乗顕密文化交流協会(中国台湾)の終身名誉会長兼導師、日本種智院大学外部講師、中国四川省チベット仏教文化研究会の副秘書長、中国四川省甘孜州石渠県にある隆欽心髄の祖庭である扎嘉寺大円満光明任運自成洲閉関中心の第二住職,中国河南省大準提寺の顕密講修院院長兼指導上師、無錫顕雲寺の顕密講修院院長兼指導上師、無錫横山慈善基金会名誉会長を兼任している。

智廣阿闍梨の弟子達は、中国大陸、台湾、香港、日本、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、フランス、ドイツ、スイス等世界各地に広がっており、これまで何年もの間、阿闍梨は弟子たちに対し絶やさず仏法の解釈と修業等の指導をし続け、弟子たちは大いなる法益を得ている。同時に毎年、世界中各地で放生会、仏母千供、真言の持呪修行、読経修行等各種形式の大規模な仏法共修会を行い、無数の衆生が仏法の加持と殊勝な法益を得ている。

近年、智廣阿闍梨は唐代密教の伝え戻しと再興事業の発展の推進に力を入れており、シンガポール、オーストラリア、中国河南大準提寺、無錫顕雲寺、横山寺等の道場で幾度も準提法会、薬師法会、宝篋印陀羅尼塔開眼法要等を行い、華人の仏弟子らを再び先祖から伝承されてきた唐密教法の尊い甘露利益に与らせている。また、阿闍梨は幾度も華人のお遍路団を引率し京都十二薬師霊場、四国弘法大師八十八霊場等を巡礼し国内外のメディアや人々に幅広く注目され高い評価を受け、中日両国民の仏教文化交流と友好親善に大きく貢献している。

日本のメディアが智廣阿闍梨率いる華人お遍路団を追跡取材し報道した

智廣阿闍梨は「講義、議論、著書」を以て、弘法利生の事業を広め、全世界に向けたインターネット講義を長期的に毎週継続し、定期的に合宿セミナーも行っている。また、雑誌『一乗』(季刊)の創刊や、『準提文化研究特刊』『鉄塔重光——第一回中華唐密復興国際学術検討会論文集』『醍醐花見——醍醐未生流大中華支部第一回花道展(2017)』の監修もしている。

智廣阿闍梨は多くの著作を出しており、出版されているものは『一生幸福に生きる三十八の秘訣』(広州花城出版社/2011年、台湾橡樹林出版社/2017年)、『伝家宝典』、『証悟への近道』、『危機から安定へ—-企業家はどのように苦境を乗り越えるのか』、「『仏説菩薩修行四法経』略説」(中英対訳)、『醍醐一滴――法華経十二の句 幸せな人生を築くために』(日中対訳)等があり、その他多数未公開の著作は出版の時機を待つ。

これまで出版された智廣阿闍梨の著書

阿闍梨自身の学修背景は非常に多様で幅広く、漢伝仏教、チベット仏教、南伝(小乗)仏教等多くの仏教伝承を学んできた。多くの伝承と教法を受けてきたが、阿闍梨は宗派にこだわるのではなく、現時代の仏弟子は仏陀の御教えの通りに、それぞれ純正な伝承を受け継いでいる宗派を平等に尊重するべきだと主張している。長年に渡って、阿闍梨は仏教各派の間の架け橋となり、仏教各教派の互いの交流と団結を推進し、また、仏教各伝承教法の復興と振興のために力を入れ、仏教全体の繁栄のために尽力している。