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四明山一乗院 入山式 報告

十月の京都、紅葉が染まり始めた候、この金色の収穫の季節に、京都四明山一乗院では、2018年10月27日に復興した、一乗院の第一代院主(住職)智廣阿闍梨による入山式が行われました。この日は観音菩薩の出家…

2019.09.20

十月の京都、紅葉が染まり始めた候、この金色の収穫の季節に、京都四明山一乗院では、2018年10月27日に復興した、一乗院の第一代院主(住職)智廣阿闍梨による入山式が行われました。この日は観音菩薩の出家吉日でもあります。この殊勝なる日に、日本を含め、中国台湾、香港、内地及びシンガポール、スウェーデン、オーストラリア等の世界各地から、およそ270余りの四衆弟子及び社会各界の方々が集まり、共にこの歴史的な瞬間に立ち会いました。

10月27日 歴史的な朝

10月27日午前、一晩の雨水で洗礼された一乗院は煥然一新し、清々しく荘厳な佇まいでした。午前10時30分ごろ、270名余りの参列者が一乗院の参道に沿って両側に並び、恭しく合掌して迎える中、衲衣姿の智廣阿闍梨が、総本山醍醐寺座主仲田順和大僧正猊下及び醍醐寺僧侶の皆さんと共に行列行進し、参道を通り一乗院の本堂に到着されました。そして、本尊である阿弥陀仏の聖像及び法華曼荼羅の前で、厳かに就任法要を行いました。

一乗院の本堂に到着

日本種智院大学村主康瑞学長、児玉義隆副学長及び中国無錫顕雲寺住職計華法師、河南省大準提寺住職悟然法師をはじめとし、国内外から各界の方々及び四衆弟子たちが共に集い、この歴史的な瞬間に立ち会い、またインターネット中継を通じて、世界中の信者が共にこの素晴らしい法雨を浴び、法楽を受けることができました。

就任法要

入山式では、270名余りの来賓の方々が一乗院の各殿に着席し、『般若波羅蜜多心経』の写経の共修を行いました。一人一人が二部の『般若波羅蜜多心経』を心を込めて丁寧に写し、この功徳は素晴らしい盛大な入山式に貢献しました。

法雨を浴び、法楽を受ける

入山式の中で、仲田順和座主が智廣阿闍梨に辞令を授与し、智廣阿闍梨を京都四明山一乗院住職に任命なされました。華人に住職任命辞令を授与するのは日本真言宗醍醐派において史上初めての事です。

仲田順和座主はご祝辞をこのように述べられました。「今日一乗院で法要を行いましたが、この一乗院の歴史を遡ると、1090年に地方の入道相国が建立された寺院で、本尊は『法華曼荼羅』です。現在でも本堂でこの『法華曼荼羅』の写しを奉っています。

私たちの、この一乗院を復興するという一つの思いは、智廣阿闍梨が私の前に学びに来てから始まりました。それから足掛け7年になりましたが、その間、智廣阿闍梨は初心であった漢民族の祈り、即ち弘法大師空海が日本に伝えた、日本ではきちんと伝わっている唐密教法の法脈を再び中国へ伝え戻したいという志を初志貫徹して貫いています。

私の知る限りでは、智廣阿闍梨の著書の中に『醍醐一滴』という本があります。この本の中にある、最も基本的な観点は『一乗は即ち菩提である』だと思います。ですので、一乗院を智廣阿闍梨が日本での弘法及び学修の拠点にすることは非常に相応しいことで、醍醐寺の近くにある一乗院を復興して、彼の道場にしました。

私は智廣阿闍梨が唐密の伝え戻しに対して、努力し続けてきた姿を見て、凄く讃嘆しています。私の知る限りでは、彼はまた人材を育成する為に、自分の弟子である中国の若者たちを日本の大学へ行かせて、日本の言語及び文化を勉強して、後継者として引き続き唐密を中国に伝え戻すことを期待します。

今日来られた来賓の皆さんは『醍醐一滴』の本を貰えると思います。私は『醍醐一滴』の中にある『一乗は即ち菩提である』という観点に対して、とても賛成です。それは一つの理念でありますが、修行方法の一つでもあります。皆さんが今後とも引き続き智廣阿闍梨の弘法及び唐密の伝え戻しの事業を支持することを願います。おめでとうございます。」

一乗院の額

一乗院は古い時代から醍醐寺にあった塔頭であったと、『醍醐新要録』の中に記載してあります。寛治四年(1090年)、入道大相国が祖母を追善する為に建てられた、900年の歴史を持つお寺です。当時主法なされたのは惟覚阿闍梨であり、本尊は「法華曼荼羅」が奉られ、主に「法華法」が修されていました。「法華法」とは、『大蔵経』の中に記載している『妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌』です。この儀軌は『妙法蓮華経』と結合した修法で、即身成仏できる一つの修法でもある、非常に殊勝な修法です。しかしながら、中国では、この法脈が現在まで継承されてこなかったのですが、幸い、日本では唐の時代からずっと伝承されてきました。そして、智廣阿闍梨は既に仲田順和座主からこの法を授けられました。智廣阿闍梨は以前『法華曼荼羅』の写しを印刷し、更に長期に渡り『妙法蓮華経』を弘める為に尽力しておられることは、古代の「一乗院」と相応しています。一乗院を復興するという殊勝な縁起をきっかけに、智廣阿闍梨が「法華法」を始めとする唐密教法を弘揚し、中国にこの教法を再び伝え戻し、更には世界中に弘めることが順調且つ円満であることと信じています。

国が穏やかで民が安らかにし、仏法が興隆し、一切の有情に利益をする為に、智廣阿闍梨は十数年の間に唐密を復興し、華人世界に伝え戻すことに多大なる努力をしてこられました。

2013年12月、智廣阿闍梨は真言宗醍醐寺三宝院流第六十四世伝法灌頂阿闍梨となり、2016年2月中僧正の位を授けられました。2014年9月日本天台宗穴太流第七十五世阿闍梨位を得ました。2015年10月日本天台宗法華大会を参加し、廣学竪義を遂業して、日本天台宗大法師となりました。2017年10月日本天台密教三部都法大阿闍梨位を授かりました。

智廣阿闍梨は十年余りの年月をかけて、日本に来て求法をしました。その間、苦労を恐れなく、師の恩に背かず、学べば必ずや得る所あり、という志で、努力を続けました。これらは全て仏道を求め、衆生に利益する為です。阿闍梨は日本仏教をより深く学び、実修していく中で、同時に、日本仏教界に中国の漢伝仏教とチベット仏教の各顕密教法を紹介し、日中両国の仏教の交流と相互理解の為に努力をしました。例を挙げると、日本真言宗種智院大学で何度も中国の仏教をテーマとし講演を行い、中国遼寧省営口市三昧書院で第一回唐密復興国際シンポジウムを開催しました。また、世界中に八万四千宝篋印陀羅尼塔を建立するのを唱導し、円満に達成しました。衆生に利益する為、世界中で唐密の関連仏法を弘め伝え続けています。

智廣阿闍梨は日本天台密教、真言密教を学修しただけではなく、漢伝仏教、チベット仏教にも精通し、各宗派の教法を円融して弘めています。数年来、阿闍梨は仏教の各宗派の間の交流と団結の促進に努力し続けてきていると同時に、伝承してきた各教法を復興し、再び興隆させることができるように尽力しています。阿闍梨は数多くの伝承と教法を受けているにも関わらず、宗派に対して差別的な観点を持っていません。彼は「利美活動」を提唱し、「一乗」の理念を持って、今の時代に、仏教徒として、仏様の教えを宗旨とし、各清浄伝承を持つ仏教宗派を平等に尊敬するべきだと主張しています。

かつて、一人の弟子が智廣阿闍梨にこう質問しました。「日本に行って勉強する為に、こんなに代価を払って、苦労してきたのは何故ですか?」智廣阿闍梨は「仏陀がおっしゃった教えは、たとえ一言でも非常に貴重であり、この貴重なる教法の伝承を頂けるなら、どんな苦労にも値する価値があるのです。 中国から日本に伝わっていた教法、特に中国の文化の精髄である唐密を中国に伝え戻しして、中国の国民、更には世界中の人々に至るまで、利益を齎すことが、私が日本に行って、勉強することの目的なのです。」

智廣阿闍梨は知識を身に付けると共に、実践もされており、十年余りもの間、常に自分の弘願を達成する為に実践し、絶え間なく中国に唐密を伝え戻すばかりでなく、更には世界中に広めるという努力を続けて来られ、それに加え、中日両国の友好や文化交流の促進の為にも尽力されました。

今日の一乗院の復興は阿闍梨の唐密伝え戻しという大事業の将来に、より良い影響を及ぼすことになるでしょう。

「一乗院」は全称を「四明山一乗院」、山号を「四明山」、院号を「一乗院」とし、皆醍醐寺103世座主仲田順和大僧正猊下から賜ったものです。仲田順和座主は智廣阿闍梨が「一乗」の思想を重んじ宗旨とし、各地にある仏教センターも「一乗顕密仏教センター」と名付けていることを知り、阿闍梨の提唱する「一乗」の理念に深く賛同されました。また、この900年余りの歴史を持つ古寺「一乗院」を復興することを期待しておられ、これは仲田順和座主から智廣阿闍梨への重要な嘱託でもあります。これが「一乗院」の名前の由来です。

仲田順和座主の智廣阿闍梨へのお心遣いで、座主直筆の「一乗院」の三文字が書かれた額縁をいただきました。本堂に供養されている「法華曼荼羅」は醍醐寺の国宝であり、座主が私たちの為に特別に複製してくださったものです。長年に渡って、仲田順和座主は智廣阿闍梨の弘法利生の事業を誰よりも大きく支持してくださっていることに対し、智廣阿闍梨並びに我々弟子も心から感動しており、感謝の念に堪えません。

午後、一部の信徒たちは醍醐寺を参拝しました。

夕方、皆さんは智廣阿阇梨とともに醍醐寺雨月茶屋に行き、仲田順和座主猊下や僧侶の方々と共に夕食を楽しみました。
食事が始まると、仲田順和座主から再び感動的なスピーチがありました。「思い出せば、私と智廣阿阇梨は知り合ってから7年が経ちます。智廣阿阇梨はこの7年間、仏法に関する質問をたくさんしてきました。そこで私は、智廣阿阇梨が漢文に精通していることに気づきました、そして時には私が彼から教えを請うことさえありました。個人的にはこの学習過程は非常に興味深いと思っています。この7年の間で、私は空海大師が中国青龍寺惠果阿阇梨から学んできた仏法を含む私たち真言密宗の基礎的内容の全てを、智廣阿阇梨に伝授しました。今後も彼は私にいろんな質問、それもますます難しい質問をしてくるはずです。私もこれを彼と共に行う修行だと思って、教わり、学び続けていくつもりです。智廣阿阇梨には1つ願いがありました。皆さんが日本へ来て、中国から伝わってきた仏法を身に感じ、また中国へ伝え戻して欲しいという願いです。だからこそ、私たちは一乗院を智廣阿阇梨が仏法を学び、広めるための道場として任せました。おかげで今日は皆さんと一緒にこの時を過ごすことができています。」
座主のスピーチが終わると、阿阇梨もスピーチを行いました。阿阇梨はお話の中で上師三宝、仲田顺和大僧正猊下、全ての醍醐寺僧众および一乗道友の支持に対する謝意を述べられました。また、阿闍梨は「一乗院の入山式を終えた後、私たちはより一層努力を重ねて仏法を広め、多くの人に利益が渡るようにします。一乗院を拠点として、より簡便に全ての四衆弟子が共に一佛乗殊勝なる仏法、唐密殊勝なる仏法を学び、これら殊勝なる仏法を広め、多くの人を幸せにできることを願います。」と述べられました。同時に、阿闍梨はこの一乗院という道場を通じて、日中仏教界の交流、日中友好、仏法の繁盛に尽力し、一乗の全ての道友と共に仏道を歩み、衆生を教化し、伝承してくださった祖師の恩徳に報いたいと願っているとお話されました。

雨月茶屋での夕餉

夕食を終えると、智廣阿闍梨は四衆弟子のために殊勝な開示を行いました。阿闍梨は一乗院の歴史、名前の由来、宗旨、使命および未来の計画等を紹介され、弟子らは一乗院道場についてより明瞭な理解を持てるようになり、信心と使命感を強めました。

阿闍梨はまた、「今日の入山式は、私たちの弘法利生事業における新しいステップのスタートとなります。私たちが道場を作り上げた最も重要な目的は、これらの殊勝な仏法や一仏乗の教法を、整理し伝承することであり、これが我々の重要な宗旨と使命なのです」と述べ、「私たちが日本に来た理由は2つあります。まず、古代中国から日本へ伝わったこれら貴重な仏法や文化を学び、再び伝承し、継承させていき、これらを中国、さらには全世界へ広めることで、これはとても重要な任務です。次に、私たち中国の殊勝の顕密仏法を日本に伝えることで、日本の衆生を助けてあげることであり、これは私たちの願いでもあります。」と語りました。

智廣阿阇梨は入山式に参加したすべての来客や弟子に、『法華経』十二句の真髄である「若有聞法者、無一不成仏」を書き綴った阿阇梨の新書―『醍醐一滴』や加持力に富んだ護身符―『摩利支天経』、縁起の良い和歌山県の特産である柿(2つ)、健康長寿を象徴する仏手柑、そして座主が特別に今回の入山式のために作った供者の願いを叶える五大力尊密法加持品を贈呈してくださいました。皆さんは阿阇梨の慈悲や知恵を浴び、法喜に満たされ、同時に唐密の復興のために努力したいと願いました。

智廣阿闍梨

最後に、智廣阿闍梨は一乗院に貢献した一部の弟子らに感謝状と加持品を進呈されました。

 

四明山一乗院 入山式 報告

四明山一乗院 入山式 報告

2019-09-19

十月の京都、紅葉が染まり始めた候、この金色の収穫の季節に、京都四明山一乗院では、2018年10月27日に復興した、一乗院の第一代院主(住職)智廣阿闍梨による入山式が行われました。この日は観音菩薩の出家吉日でもあります。この殊勝なる日に、日本を含め、中国台湾、香港、内地及びシンガポール、スウェーデン、オーストラリア等の世界各地から、およそ270余りの四衆弟子及び社会各界の方々が集まり、共にこの歴史的な瞬間に立ち会いました。

10月27日 歴史的な朝

10月27日午前、一晩の雨水で洗礼された一乗院は煥然一新し、清々しく荘厳な佇まいでした。午前10時30分ごろ、270名余りの参列者が一乗院の参道に沿って両側に並び、恭しく合掌して迎える中、衲衣姿の智廣阿闍梨が、総本山醍醐寺座主仲田順和大僧正猊下及び醍醐寺僧侶の皆さんと共に行列行進し、参道を通り一乗院の本堂に到着されました。そして、本尊である阿弥陀仏の聖像及び法華曼荼羅の前で、厳かに就任法要を行いました。

一乗院の本堂に到着

日本種智院大学村主康瑞学長、児玉義隆副学長及び中国無錫顕雲寺住職計華法師、河南省大準提寺住職悟然法師をはじめとし、国内外から各界の方々及び四衆弟子たちが共に集い、この歴史的な瞬間に立ち会い、またインターネット中継を通じて、世界中の信者が共にこの素晴らしい法雨を浴び、法楽を受けることができました。

就任法要

入山式では、270名余りの来賓の方々が一乗院の各殿に着席し、『般若波羅蜜多心経』の写経の共修を行いました。一人一人が二部の『般若波羅蜜多心経』を心を込めて丁寧に写し、この功徳は素晴らしい盛大な入山式に貢献しました。

法雨を浴び、法楽を受ける

入山式の中で、仲田順和座主が智廣阿闍梨に辞令を授与し、智廣阿闍梨を京都四明山一乗院住職に任命なされました。華人に住職任命辞令を授与するのは日本真言宗醍醐派において史上初めての事です。

仲田順和座主はご祝辞をこのように述べられました。「今日一乗院で法要を行いましたが、この一乗院の歴史を遡ると、1090年に地方の入道相国が建立された寺院で、本尊は『法華曼荼羅』です。現在でも本堂でこの『法華曼荼羅』の写しを奉っています。

私たちの、この一乗院を復興するという一つの思いは、智廣阿闍梨が私の前に学びに来てから始まりました。それから足掛け7年になりましたが、その間、智廣阿闍梨は初心であった漢民族の祈り、即ち弘法大師空海が日本に伝えた、日本ではきちんと伝わっている唐密教法の法脈を再び中国へ伝え戻したいという志を初志貫徹して貫いています。

私の知る限りでは、智廣阿闍梨の著書の中に『醍醐一滴』という本があります。この本の中にある、最も基本的な観点は『一乗は即ち菩提である』だと思います。ですので、一乗院を智廣阿闍梨が日本での弘法及び学修の拠点にすることは非常に相応しいことで、醍醐寺の近くにある一乗院を復興して、彼の道場にしました。

私は智廣阿闍梨が唐密の伝え戻しに対して、努力し続けてきた姿を見て、凄く讃嘆しています。私の知る限りでは、彼はまた人材を育成する為に、自分の弟子である中国の若者たちを日本の大学へ行かせて、日本の言語及び文化を勉強して、後継者として引き続き唐密を中国に伝え戻すことを期待します。

今日来られた来賓の皆さんは『醍醐一滴』の本を貰えると思います。私は『醍醐一滴』の中にある『一乗は即ち菩提である』という観点に対して、とても賛成です。それは一つの理念でありますが、修行方法の一つでもあります。皆さんが今後とも引き続き智廣阿闍梨の弘法及び唐密の伝え戻しの事業を支持することを願います。おめでとうございます。」

一乗院の額

一乗院は古い時代から醍醐寺にあった塔頭であったと、『醍醐新要録』の中に記載してあります。寛治四年(1090年)、入道大相国が祖母を追善する為に建てられた、900年の歴史を持つお寺です。当時主法なされたのは惟覚阿闍梨であり、本尊は「法華曼荼羅」が奉られ、主に「法華法」が修されていました。「法華法」とは、『大蔵経』の中に記載している『妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌』です。この儀軌は『妙法蓮華経』と結合した修法で、即身成仏できる一つの修法でもある、非常に殊勝な修法です。しかしながら、中国では、この法脈が現在まで継承されてこなかったのですが、幸い、日本では唐の時代からずっと伝承されてきました。そして、智廣阿闍梨は既に仲田順和座主からこの法を授けられました。智廣阿闍梨は以前『法華曼荼羅』の写しを印刷し、更に長期に渡り『妙法蓮華経』を弘める為に尽力しておられることは、古代の「一乗院」と相応しています。一乗院を復興するという殊勝な縁起をきっかけに、智廣阿闍梨が「法華法」を始めとする唐密教法を弘揚し、中国にこの教法を再び伝え戻し、更には世界中に弘めることが順調且つ円満であることと信じています。

国が穏やかで民が安らかにし、仏法が興隆し、一切の有情に利益をする為に、智廣阿闍梨は十数年の間に唐密を復興し、華人世界に伝え戻すことに多大なる努力をしてこられました。

2013年12月、智廣阿闍梨は真言宗醍醐寺三宝院流第六十四世伝法灌頂阿闍梨となり、2016年2月中僧正の位を授けられました。2014年9月日本天台宗穴太流第七十五世阿闍梨位を得ました。2015年10月日本天台宗法華大会を参加し、廣学竪義を遂業して、日本天台宗大法師となりました。2017年10月日本天台密教三部都法大阿闍梨位を授かりました。

智廣阿闍梨は十年余りの年月をかけて、日本に来て求法をしました。その間、苦労を恐れなく、師の恩に背かず、学べば必ずや得る所あり、という志で、努力を続けました。これらは全て仏道を求め、衆生に利益する為です。阿闍梨は日本仏教をより深く学び、実修していく中で、同時に、日本仏教界に中国の漢伝仏教とチベット仏教の各顕密教法を紹介し、日中両国の仏教の交流と相互理解の為に努力をしました。例を挙げると、日本真言宗種智院大学で何度も中国の仏教をテーマとし講演を行い、中国遼寧省営口市三昧書院で第一回唐密復興国際シンポジウムを開催しました。また、世界中に八万四千宝篋印陀羅尼塔を建立するのを唱導し、円満に達成しました。衆生に利益する為、世界中で唐密の関連仏法を弘め伝え続けています。

智廣阿闍梨は日本天台密教、真言密教を学修しただけではなく、漢伝仏教、チベット仏教にも精通し、各宗派の教法を円融して弘めています。数年来、阿闍梨は仏教の各宗派の間の交流と団結の促進に努力し続けてきていると同時に、伝承してきた各教法を復興し、再び興隆させることができるように尽力しています。阿闍梨は数多くの伝承と教法を受けているにも関わらず、宗派に対して差別的な観点を持っていません。彼は「利美活動」を提唱し、「一乗」の理念を持って、今の時代に、仏教徒として、仏様の教えを宗旨とし、各清浄伝承を持つ仏教宗派を平等に尊敬するべきだと主張しています。

かつて、一人の弟子が智廣阿闍梨にこう質問しました。「日本に行って勉強する為に、こんなに代価を払って、苦労してきたのは何故ですか?」智廣阿闍梨は「仏陀がおっしゃった教えは、たとえ一言でも非常に貴重であり、この貴重なる教法の伝承を頂けるなら、どんな苦労にも値する価値があるのです。 中国から日本に伝わっていた教法、特に中国の文化の精髄である唐密を中国に伝え戻しして、中国の国民、更には世界中の人々に至るまで、利益を齎すことが、私が日本に行って、勉強することの目的なのです。」

智廣阿闍梨は知識を身に付けると共に、実践もされており、十年余りもの間、常に自分の弘願を達成する為に実践し、絶え間なく中国に唐密を伝え戻すばかりでなく、更には世界中に広めるという努力を続けて来られ、それに加え、中日両国の友好や文化交流の促進の為にも尽力されました。

今日の一乗院の復興は阿闍梨の唐密伝え戻しという大事業の将来に、より良い影響を及ぼすことになるでしょう。

「一乗院」は全称を「四明山一乗院」、山号を「四明山」、院号を「一乗院」とし、皆醍醐寺103世座主仲田順和大僧正猊下から賜ったものです。仲田順和座主は智廣阿闍梨が「一乗」の思想を重んじ宗旨とし、各地にある仏教センターも「一乗顕密仏教センター」と名付けていることを知り、阿闍梨の提唱する「一乗」の理念に深く賛同されました。また、この900年余りの歴史を持つ古寺「一乗院」を復興することを期待しておられ、これは仲田順和座主から智廣阿闍梨への重要な嘱託でもあります。これが「一乗院」の名前の由来です。

仲田順和座主の智廣阿闍梨へのお心遣いで、座主直筆の「一乗院」の三文字が書かれた額縁をいただきました。本堂に供養されている「法華曼荼羅」は醍醐寺の国宝であり、座主が私たちの為に特別に複製してくださったものです。長年に渡って、仲田順和座主は智廣阿闍梨の弘法利生の事業を誰よりも大きく支持してくださっていることに対し、智廣阿闍梨並びに我々弟子も心から感動しており、感謝の念に堪えません。

午後、一部の信徒たちは醍醐寺を参拝しました。

夕方、皆さんは智廣阿阇梨とともに醍醐寺雨月茶屋に行き、仲田順和座主猊下や僧侶の方々と共に夕食を楽しみました。
食事が始まると、仲田順和座主から再び感動的なスピーチがありました。「思い出せば、私と智廣阿阇梨は知り合ってから7年が経ちます。智廣阿阇梨はこの7年間、仏法に関する質問をたくさんしてきました。そこで私は、智廣阿阇梨が漢文に精通していることに気づきました、そして時には私が彼から教えを請うことさえありました。個人的にはこの学習過程は非常に興味深いと思っています。この7年の間で、私は空海大師が中国青龍寺惠果阿阇梨から学んできた仏法を含む私たち真言密宗の基礎的内容の全てを、智廣阿阇梨に伝授しました。今後も彼は私にいろんな質問、それもますます難しい質問をしてくるはずです。私もこれを彼と共に行う修行だと思って、教わり、学び続けていくつもりです。智廣阿阇梨には1つ願いがありました。皆さんが日本へ来て、中国から伝わってきた仏法を身に感じ、また中国へ伝え戻して欲しいという願いです。だからこそ、私たちは一乗院を智廣阿阇梨が仏法を学び、広めるための道場として任せました。おかげで今日は皆さんと一緒にこの時を過ごすことができています。」
座主のスピーチが終わると、阿阇梨もスピーチを行いました。阿阇梨はお話の中で上師三宝、仲田顺和大僧正猊下、全ての醍醐寺僧众および一乗道友の支持に対する謝意を述べられました。また、阿闍梨は「一乗院の入山式を終えた後、私たちはより一層努力を重ねて仏法を広め、多くの人に利益が渡るようにします。一乗院を拠点として、より簡便に全ての四衆弟子が共に一佛乗殊勝なる仏法、唐密殊勝なる仏法を学び、これら殊勝なる仏法を広め、多くの人を幸せにできることを願います。」と述べられました。同時に、阿闍梨はこの一乗院という道場を通じて、日中仏教界の交流、日中友好、仏法の繁盛に尽力し、一乗の全ての道友と共に仏道を歩み、衆生を教化し、伝承してくださった祖師の恩徳に報いたいと願っているとお話されました。

雨月茶屋での夕餉

夕食を終えると、智廣阿闍梨は四衆弟子のために殊勝な開示を行いました。阿闍梨は一乗院の歴史、名前の由来、宗旨、使命および未来の計画等を紹介され、弟子らは一乗院道場についてより明瞭な理解を持てるようになり、信心と使命感を強めました。

阿闍梨はまた、「今日の入山式は、私たちの弘法利生事業における新しいステップのスタートとなります。私たちが道場を作り上げた最も重要な目的は、これらの殊勝な仏法や一仏乗の教法を、整理し伝承することであり、これが我々の重要な宗旨と使命なのです」と述べ、「私たちが日本に来た理由は2つあります。まず、古代中国から日本へ伝わったこれら貴重な仏法や文化を学び、再び伝承し、継承させていき、これらを中国、さらには全世界へ広めることで、これはとても重要な任務です。次に、私たち中国の殊勝の顕密仏法を日本に伝えることで、日本の衆生を助けてあげることであり、これは私たちの願いでもあります。」と語りました。

智廣阿阇梨は入山式に参加したすべての来客や弟子に、『法華経』十二句の真髄である「若有聞法者、無一不成仏」を書き綴った阿阇梨の新書―『醍醐一滴』や加持力に富んだ護身符―『摩利支天経』、縁起の良い和歌山県の特産である柿(2つ)、健康長寿を象徴する仏手柑、そして座主が特別に今回の入山式のために作った供者の願いを叶える五大力尊密法加持品を贈呈してくださいました。皆さんは阿阇梨の慈悲や知恵を浴び、法喜に満たされ、同時に唐密の復興のために努力したいと願いました。

智廣阿闍梨

最後に、智廣阿闍梨は一乗院に貢献した一部の弟子らに感謝状と加持品を進呈されました。