問答録集

question-and-answer

ホームページ / 問答録集/問答録12:何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?
問答録12:何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?

質問: 何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか? 智廣阿闍梨回答: 簡単でデメリットのない方法は「南無無憂最勝吉祥如来」を唱えることです。これは薬師七仏の中の第四位佛陀の名号で、彼は成仏する前に「私…

2016.12.02

質問:

何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?

智廣阿闍梨回答:

簡単でデメリットのない方法は「南無無憂最勝吉祥如来」を唱えることです。これは薬師七仏の中の第四位佛陀の名号で、彼は成仏する前に「私が来世で菩提を得た時に、もし悩み苦しみに押しつぶされそうな衆生が私の名を心から唱えるなら、そのことの故に、あらゆる嘆き悲しみや苦悩は皆悉く消滅し、長寿安穏で菩提に至るでしょう。」という発願をしました。

鬱病は実際のところ衆生の嘆き悲しみや苦悩が心身に重くのしかかることで起こる病です。現在、無憂最勝吉祥如来は既に成仏したので、彼の発願は虚無などではなく、「南無無憂最勝吉祥如来」を唱えることにより、鬱病は消え去ります。ただ、効果があるかどうかは信心にかかっています。すべての仏法の効果は信心によって決まります。もし信心が足りないのなら効果もその分半減するでしょう。

仏に加持力がないのではなく、私たちが心の扉を閉じているので、仏の加持力が心に入り込むことができないのです。それは太陽が大地を照らしているのにも関わらず、片隅の暗い影の中に隠れているのと同じことです。佛陀のご加持は遍く法界に満ち、一切衆生を益します。

しかしもし佛陀に対し心を開いていないのなら、佛陀もただ涙を流してあなたを見つめる事しかできません。私たちは佛陀の大慈願力を理解し、信心を持って祈祷し「南無無憂最勝吉祥如来」を唱え、佛陀に心を開きましょう。心の扉を開けたら、無憂最勝吉祥如来の加持力が心の中に入り込み、嘆き悲しみや苦悩は「皆悉く消滅」し「長寿安穏で菩提に至る」ことができるでしょう。

この方法は簡単かつ有効で、デメリットがありません。もう一つの方法は無我や空を悟ることです。別の見方をすると、我々凡夫は解脱成仏をする前は多かれ少なかれ鬱な気分になることがあります。納得がいかない時は鬱な気分になりますが、その納得がいかず悩む時間が長い人は鬱の状態が比較的深刻になり、すぐに納得ができる人は軽い鬱で済みます。では鬱は一体いつ完全に消失するのでしょうか?それは無我や空を悟った時です。「我」が無いのなら誰が鬱になるのでしょうか?なぜ鬱があるのかというと、「我」があり、自我の概念があることで、自我に対する執着が引き起こした結果なのです。しかし無我を悟ることは「南無無憂最勝吉祥如来」の名号を唱える方法と比べると、やはり難度が高いです。

 

問答録12:何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?

問答録12:何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?

2016-12-01

質問:

何を以て鬱病を救う事が出来るのでしょうか?

智廣阿闍梨回答:

簡単でデメリットのない方法は「南無無憂最勝吉祥如来」を唱えることです。これは薬師七仏の中の第四位佛陀の名号で、彼は成仏する前に「私が来世で菩提を得た時に、もし悩み苦しみに押しつぶされそうな衆生が私の名を心から唱えるなら、そのことの故に、あらゆる嘆き悲しみや苦悩は皆悉く消滅し、長寿安穏で菩提に至るでしょう。」という発願をしました。

鬱病は実際のところ衆生の嘆き悲しみや苦悩が心身に重くのしかかることで起こる病です。現在、無憂最勝吉祥如来は既に成仏したので、彼の発願は虚無などではなく、「南無無憂最勝吉祥如来」を唱えることにより、鬱病は消え去ります。ただ、効果があるかどうかは信心にかかっています。すべての仏法の効果は信心によって決まります。もし信心が足りないのなら効果もその分半減するでしょう。

仏に加持力がないのではなく、私たちが心の扉を閉じているので、仏の加持力が心に入り込むことができないのです。それは太陽が大地を照らしているのにも関わらず、片隅の暗い影の中に隠れているのと同じことです。佛陀のご加持は遍く法界に満ち、一切衆生を益します。

しかしもし佛陀に対し心を開いていないのなら、佛陀もただ涙を流してあなたを見つめる事しかできません。私たちは佛陀の大慈願力を理解し、信心を持って祈祷し「南無無憂最勝吉祥如来」を唱え、佛陀に心を開きましょう。心の扉を開けたら、無憂最勝吉祥如来の加持力が心の中に入り込み、嘆き悲しみや苦悩は「皆悉く消滅」し「長寿安穏で菩提に至る」ことができるでしょう。

この方法は簡単かつ有効で、デメリットがありません。もう一つの方法は無我や空を悟ることです。別の見方をすると、我々凡夫は解脱成仏をする前は多かれ少なかれ鬱な気分になることがあります。納得がいかない時は鬱な気分になりますが、その納得がいかず悩む時間が長い人は鬱の状態が比較的深刻になり、すぐに納得ができる人は軽い鬱で済みます。では鬱は一体いつ完全に消失するのでしょうか?それは無我や空を悟った時です。「我」が無いのなら誰が鬱になるのでしょうか?なぜ鬱があるのかというと、「我」があり、自我の概念があることで、自我に対する執着が引き起こした結果なのです。しかし無我を悟ることは「南無無憂最勝吉祥如来」の名号を唱える方法と比べると、やはり難度が高いです。